京つう

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君が敬虔な心を持って神を信じ、溢れる愛と生きる息吹を受け取り、そして心を委ねている事に、
僕は、異存があるわけでは無い。
それは、とても素晴らしい事だとさえ、思っている。

自然は、とてもじゃぁ無いが、人間が汲み尽くせる様な代物じゃ無いと思う。
力強い、ある意思が働いているようにさえ、思える。

でも、そいつに名前をつける必要が有るのだろうか?
(そうさ、医者はいつも、病名を付けたがる。どうしてだか分かるかい?
  病名さえ付けちまえば、医者は病気と付き合えば済むのさ。
 病人と言う「現実」から、目を背ける事が、出来るってぇ事さ。)
僕は、その必然性を、どうしても感じる事が出来ない。
すでに、自然と言う 素敵な 名前を持っているじゃないか。

そして、おいらは、悪いが、そいつってぇ奴に、面識が無いんだ。

散歩の途中で後ろからポンと肩を叩かれ、
「どうだい、今夜、一杯」と言われたら、そりゃぁ、おいらだって考えるさ。
「俺のおごりで、あんたの払いなら、人生ってやつを肴に、とことん行こうか。」ってね。

不遜かな?
でも、おいらは町中でよく見かける、あの「悔い改めよ」てぇポスターには、
いつも、ウンザリさせられる。
何に対して。誰に対して。   
おいらに聞かないでくれ、知りはしないのだから!

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